ディスプレイ選びでフルHDか4Kかを気にする人は多いのに、色域についてはなぜか無視されがちです。
ですが、モニターを選ぶ上で色域は映像体験の解像度と同じくらい基本的な要素になります。
たとえば sRGB 100%クラスのモニターで、Adobe RGB前提のデータをそのまま扱うと、一部の鮮やかな色(特に緑〜シアン)が正しく表示されず、肌色や風景のニュアンスに違和感が出ることがあります。逆に、DCI-P3対応スマホでsRGB向けのYouTube動画を見ると「色が濃すぎる」と感じる場合もあります。
これは、コンテンツが作られた色域と、表示側の色域・設定が噛み合っていないために起こる典型例です。
本記事では、このあたりのややこしいポイントを整理しつつ、sRGB・Adobe RGB・DCI-P3をどう使い分ければいいかを分かりやすく解説します。
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色域に関する前提知識

- 色域とは?
- “色を表現できる範囲”のこと。CIE 1931 xy色度図が基準。
- 代表的色域3つの比較
- sRGB/Adobe RGB/DCI‑P3 のカバー率と用途。
- ΔE(デルタE)って何?
- 数値が小さいほど“目視での色差が少ない”指標。
- ハードウェア vs ソフトウェアキャリブレーション
- 採用機器と効果の違い。
- 用途別おすすめ設定
- 写真現像/動画編集/ウェブデザイン/ゲーム/プリント。
色は沼です。
色域とは? CIE xy色度図で理解する
色域(gamut)とは「再現可能な色の範囲」のことです。1931年にCIEが定義したxyz表色系が共通言語で、ディスプレイ業界では主に xy色度図を使って三角形で可視化します。
- sRGB:1996年、HP と Microsoft が共同策定。Web の標準色空間。
- Adobe RGB:1998年、Adobe 社が提案。CMYK 印刷の色域をカバー。
- DCI‑P3:2005年、デジタルシネマ向け。映画館プロジェクター基準。
CIE 1976 uʹvʹ図の方が均等色空間だけど、業界資料は依然 xy図が主流。これは歴史のしがらみ。
3大色域のスペック比較

| 指標 | sRGB | Adobe RGB | DCI‑P3 |
|---|---|---|---|
| 策定年 | 1996 | 1998 | 2005 |
| 目的 | Web 標準 | プリント用 | 映画・動画 |
| 白点 | D65 | D65 | DCI‑P3(D63) |
| ガンマ | 2.2 | 2.2 | 2.6 |
| 色域カバー | 基準となる色空間 | sRGB比でおよそ+35%程度の広さ(主に緑〜シアン方向) | sRGB比でおよそ+25%程度の広さ(主に赤〜オレンジ方向) |
| 推奨用途 | 写真の共有、ブラウザ、一般ゲーム | 写真現像、印刷、制作 | HDR動画編集、上映、最新スマホ |
Adobe RGB と DCI‑P3 は“どちらが上か”ではなく、緑と赤のどちらを重視するかの違い。
Display P3について(Apple製品でよく見る色域)
最近の Mac や iPhone、iPad、対応モニターなどでよく見かける「Display P3」は、
- DCI-P3と同じ色域(P3の原色)をベースに
- 白点を sRGB / Adobe RGB と同じ D65
- ガンマ(トーンカーブ)を sRGB と同等(約2.2)
に合わせた、ディスプレイ向けの広色域規格です。
実務上の目安
- Web全体向けの画像は依然としてsRGBで書き出しが安全
- Appleデバイス中心のワークフロー(アプリUI・LPなど)はDisplay P3対応モニターがあるとプレビューしやすい
モニター選びでは「sRGB 100%以上+Display P3 ○%」表記があれば、広色域表示にある程度対応できる目安になります。
グラフで見る三角形(概念図)
Y Adobe RGB
*
/ \ DCI‑P3
/ \ *
/ * \
*———*———> X sRGB
緑頂点が外に張り出しているのが Adobe RGB、赤頂点が外側なのが DCI‑P3 と覚えればOK
色域カバー率表記の落とし穴(sRGB○%/DCI-P3○%の読み方)
モニターのスペック表には、
- 「sRGB 125%」
- 「95% DCI-P3」
- 「sRGB 99% / DCI-P3 93%」
といった表記が並びますが、この数字にはいくつか注意点があります。
「sRGB 120%」は良いけど危険もある
「sRGB 120〜130%」という表記は、
- sRGBを完全にカバーしたうえで、その外側にも色域が広がっている
(=広色域パネルである)
ことを意味します。ただし、
- sRGBコンテンツを色管理ナシで表示すると“色が濃すぎる”
- ブラウザやOS側のカラー マネジメントが不完全だと誤表示の原因になる
ため、sRGBエミュレーションモードやICCプロファイルで正しく絞れるかが重要です。
「95% DCI-P3」はP3の面積比であって、万能品質保証ではない
「95% DCI-P3」という数字は、
- DCI-P3の色域(三角形)の面積に対して、
- その何%をカバーしているか
を示す目安です。
ここで気をつけたいのは:
- 95% DCI-P3だからといって、自動的に「sRGB 100%」とは限らない
- 同じ「95% DCI-P3」でも、どの方向(赤・緑・青)が削れているかで見え方は変わる
- カバー率は“色域の広さ”の指標であって、“色の正確さ”そのもの(ΔE)とは別物
という点です。
スペックを見るときの実用的チェックポイント
モニター選びでは、次の組み合わせで見ると失敗しにくくなります。
- 色域:sRGB 100%以上か? DCI-P3やAdobe RGBはどの程度か?
- モード:sRGB / DCI-P3 / Display P3 など、目的に合わせたカラーモードを持っているか?
- 色精度:ΔEの公称値(例:ΔE<2)や、キャリブレーション対応の有無
「数字が大きい=なんとなく良さそう」で選ぶのではなく、
自分の用途の色空間をしっかり扱えるか+必要なモードと精度があるかをセットで見るのがポイントです。
ΔE(デルタE)とは? — “色のズレ”を数値化
ΔEはLab 色空間での色差を表す指標で、数値が小さいほど見た目の差が少ない。
- ΔE < 1.0:人間の目ではほぼ識別不能。
- ΔE 1.0〜2.0:写真現像・プリントで許容範囲。
- ΔE 2.0〜3.0:コンシューマ向けディスプレイ平均。
- ΔE > 3.0:カラークリティカル作業には不適。
近年は ΔE2000 規格(知覚差を補正)が主流。メーカー表記を読む際は“どのΔEか”を要確認。
ハードウェア vs ソフトウェアキャリブレーション
| 項目 | ハードウェアキャリブレーション | ソフトウェアキャリブレーション |
| 方式 | モニター LUT 直接書き換え | GPU LUT で補正 |
| 測定器 | 必須(例:Calibrite Display Plus) | あった方が良い |
| 精度 | ΔE 1 以下も狙える | ΔE 2〜3 程度 |
| OS依存 | なし(内部処理) | あり(ICC適用ミス注意) |
| コスト | 高 | 低〜中 |
趣味レベルでも測色器は買う価値ある。3万円で世界が変わるなら安い。
用途別おすすめ設定&ワークフロー
写真現像(Lightroom / Photoshop)
- 作業用色空間:Adobe RGB or ProPhoto RGB
- モニター設定:Adobe RGB 99%以上・ΔE<1.5・ガンマ2.2・120 cd/m²
- 出力:Web→sRGB、印刷→CMYK変換前にソフト校正
動画編集(Premiere Pro / DaVinci Resolve)
- 作業用色空間
- 配信(YouTube 等):Rec.709(sRGB系・D65)
- デジタルシネマ向け:DCI-P3(通常はD63またはP3-D65)
- モニター設
- Rec.709:色域 Rec.709 / ガンマ2.4前後 / 輝度100〜120 cd/m²目安
- DCI-P3シネマ:DCI-P3カバー率高め / ガンマ2.6 / 輝度約48〜100 cd/m²(運用基準に依存)
- 出力
- YouTubeなど一般配信 → Rec.709(sRGB相当)
- 映画館上映 → DCI-P3 / JPEG2000 など規格に準拠
Webデザイン/フロントエンド
- 作業用色空間:sRGB
- モニター設定:sRGBモード固定・ΔE<2.0・ガンマ2.2
- 注意:広色域モニターはsRGBエミュレーション必須
ゲーム&一般視聴
- 作業不要:ゲームは内部レンダリング→sRGB / HDRはRec.2020
- モニター設定:sRGBまたはDisplay HDR 400以上
プリント(インクジェット / オフセット)
- 作業用色空間:Adobe RGB
- キャリブレーション:用紙ICC+プリンタプロファイル
- 試し刷り:必須。モニターと紙の輝度差に注意
キャリブレーション手順(実践編:10 分コース)
- ディスプレイを30分以上ウォームアップ — 輝度安定待ち。
- 照明環境を固定 — 日中はカーテン、夜は5000K蛍光灯推奨。
- 測色器をUSB接続し、専用ソフト起動 — Calibrite Profiler など。
- 白点 (CCT) と輝度 (cd/m²) を設定 — Web→D65/120、映像→D63/160。
- 測定→LUT書き込み — ハードウェア対応モニターなら内部LUTへ。
- ICCプロファイルをOSに適用 — macOSなら自動、Windowsは色の管理で設定。
- 確認 — グレースケールチャートでバンディングがないかチェック。
ΔEレポートを保存して次回キャリブ後に比較すると上達が数字で見える。
まとめ 正しい色への最短ルート

- Web公開メイン→sRGB:色の互換性が最優先。
- 写真&プリント→Adobe RGB:緑域の広さで階調が守られる。
- 動画&HDR→DCI‑P3:シネマ基準。赤とオレンジが映える。
- ΔEは用途基準で妥協:趣味1.5、業務印刷1.0、映画0.5が目安。
- キャリブレーションを習慣化:環境が変われば色も変わる。3か月に1度の点検で安心を買う。
最後に:色の世界は“正解”がなく“許容範囲”しかない。自分の用途に合わせて最短距離を選ぶのが賢い選択。

